甲状腺がんとは?
―特徴と原因、初期症状から検査、治療まで
のどぼとけのすぐ下に位置する、甲状腺という臓器にできるがんを甲状腺がん(こうじょうせんがん)と呼びます。甲状腺がんは、顔から首にかけた範囲[頭頸部(とうけいぶ)]にできるがんの中でも進行が遅く、がんとしてはおとなしいタイプといわれています。ここでは、甲状腺がんの特徴と原因、初期症状から検査、治療について解説します。
甲状腺とは、どんな器官
甲状腺は、のどぼとけのすぐ下の気管の前にあり、気管を取り囲むように位置した小さな臓器です。
羽を広げた蝶のような形で、羽にあたる部分は腺葉(せんよう)と呼ばれ、右側を右葉(うよう)、左側を左葉(さよう)といい、中央の部分は峡部(きょうぶ)と呼ばれます1)。
甲状腺には、ヨウ素(ヨード)というミネラルを取り込んで甲状腺ホルモンを作り出し、分泌するという重要な役割があります。甲状腺ホルモンは新陳代謝を活発にする作用を持っており、子どもの成長や発育、大人の脳の働きを維持するためにも欠かせないホルモンです。
甲状腺がんの特徴と原因
甲状腺がんと診断される患者さんは、年間1万8,800人ほどです2)。女性に多い傾向があり、甲状腺がんと診断される女性の数は、男性の約2.8倍に上ります。甲状腺がんにかかる年齢のピークは70代ですが、女性の場合は20~30代の若い世代で発症する人も少なくありません。
甲状腺がんの原因として一因とされているのが、若いときの放射線被ばくです。そのほか、体重増加や食習慣、ヨウ素の過剰摂取などが甲状腺がんのリスクを高める可能性があります3)。また、甲状腺がんの種類によっては生まれつきの遺伝子の変異が原因の場合もあります。
甲状腺がんの種類
甲状腺がんには、甲状腺の細胞ががん化して発生する原発性甲状腺がん(げんぱつせいこうじょうせんがん)と、甲状腺以外の臓器で発生したがんが甲状腺に転移して大きくなった転移性甲状腺がんの2種類があります。
がん細胞の形や増殖の仕方によるがんの分類を組織型(そしきけい)といいますが、原発性甲状腺がんには、乳頭がん(にゅうとうがん)、濾胞がん(ろほうがん)、髄様がん(ずいようがん)、未分化がん、悪性リンパ腫などの組織型があります1)。
乳頭がんの特徴
甲状腺がんの中で最も多く、約90%が乳頭がんといわれています。リンパ節への転移が多くみられるものの、非常にゆっくり進行するおとなしいタイプのがんで、生命に関わることはまれです。ただし、ごく一部の乳頭がんは再発を繰り返したり、悪性度の高い未分化がんに変わったりすることがあります。
濾胞がんの特徴
濾胞がんは甲状腺がんの約5%を占め、乳頭がんの次に多いがんです。良性の甲状腺腫瘍(しゅよう)との区別が難しいことが少なくありません。乳頭がんと比べるとリンパ節転移は起こりにくいものの、肺や骨などの甲状腺から離れた臓器への転移(遠隔転移)を起こしやすい傾向があります。遠隔転移がない場合、治療後の経過は比較的よいとされています。
髄様がんの特徴
甲状腺がんの約1~2%を占めるがんで、乳頭がんや濾胞がんと比べると進行が速く、リンパ節や肺、肝臓などへの転移を起こしやすい性質があります。また、髄様がんの一部は遺伝性で、生まれつきの遺伝子の変異が原因で発症します。
未分化がんの特徴
甲状腺がんの約1~2%を占め、非常に進行が速く、悪性度の高いがんです。甲状腺の周りの臓器(反回神経や気管、食道など)に広がりやすく、肺や骨などの遠くの臓器への転移も起こしやすいという特徴があります。
悪性リンパ腫
悪性リンパ腫は血液のがんです。甲状腺がんの約1~5%を占め、もともと橋本病(慢性甲状腺炎)のある人に多く発生する傾向があります。
甲状腺がんに特有の初期症状
甲状腺がんでよく見られる症状が、のどぼとけの下のしこりです。がんが進行して首のリンパ節に転移が起こると、首の横にもしこりを触れるようになります。甲状腺がんは、頭頸部にできるほかのがんと異なり、年単位でゆっくり大きくなることも少なくありません。数年前からしこりの大きさが変わっていないからといって、がんではないとは言い切れないため、注意が必要です4)。
そのほかの症状としては、甲状腺がんが声帯の神経を障害することによる声のかすれ(声がれ)などがあります。また、未分化がんなどの悪性度の高いがんでは、血が混じった痰(たん)、息苦しさ、飲み込みにくさ、首の痛みなどの症状が現れることもあります。
首のしこりや声がれに気づいたら、そのままにせず、できるだけ早めに耳鼻咽喉科や内分泌科を受診するようにしましょう。
【乳頭がんなどでよく見られる症状】
のどぼとけの下のしこり
首の横のしこり
声のかすれ(声がれ)
【悪性度の高いがんで見られる症状】
血が混じった痰
呼吸困難
飲み込みにくさ
首の痛み
甲状腺がんの診断のために行う検査
甲状腺がんの検査では、まず甲状腺の周りの視診(ししん)と触診(しょくしん)を行います。さらに、首に超音波(エコー)を当て、甲状腺の大きさやしこりの性質、リンパ節転移の有無を調べます。
甲状腺がんが疑われる場合、しこりに細い針を刺し、注射器で吸い出した細胞を顕微鏡で調べる穿刺吸引細胞診(せんしきゅういんさいぼうしん)を行います。細胞診は、しこりが良性か悪性かを判別し、組織型を分類するために必要な検査です。
がんと診断された場合には、がんの広がりや転移の有無を調べるために、CT検査、MRI検査、PET検査、内視鏡検査(のどや気管、食道を調べるために行う)などを実施します。
これらの検査の結果を踏まえ、がんの大きさやリンパ節転移の状況、ほかの臓器への転移の状態などを総合的に判断し、甲状腺がんの進行の程度を病期(ステージ)として分類します。ステージは、がんが進行していく順にⅠ(ワン)、Ⅱ(ツー)、Ⅲ(スリー)、Ⅳ(フォー)と進みます。ステージⅠ・Ⅱは早期がん、ステージⅢ・Ⅳは進行がんに相当します。
ステージ分類の仕方は組織型によって異なり、乳頭がんや濾胞がんの場合は患者さんの年齢も考慮して決定されます。
甲状腺がんの治療
治療方針は、がんの組織型やステージ、患者さんの状態などを考慮して決めていきます。がんが小さくリスクが低いと考えられる場合は、積極的な治療を行わず、定期的な超音波検査を実施して経過観察をすることもあります。
甲状腺がんの治療方法には、手術、放射線治療、薬物療法(抗がん剤や分子標的薬を使った治療)などがあります。それぞれの治療方法については、頭頸部がんの治療方法で詳しく説明しておりますので、そちらをご覧ください。
乳頭がん 濾胞がん
乳頭がん、濾胞がんの場合、治療の中心は手術です。検査結果に応じて、甲状腺の一部を残すか、甲状腺を全て摘出するかを決定します。目に見えない小さな転移が潜んでいると考えられる場合や、肺や骨などに転移がある場合には、手術後に放射性ヨウ素内用療法という放射線治療を行うことがあります。
髄様がん
髄様がんでは、遺伝性のがんの場合は再発のリスクが高いと考えられるため、甲状腺を全て摘出する手術が行われます3)。甲状腺を全て摘出すると甲状腺ホルモンが分泌されなくなるため、生涯にわたって甲状腺ホルモン薬を服用する必要があります。
未分化がん
未分化がんの場合も、手術ができる状態であれば手術を行い、手術後に放射線治療もしくは化学放射線療法(放射線治療と抗がん剤治療を併用する治療)を追加します。未分化がんに対する治療方法はまだ確立していないため、複数の治療を組み合わせて行うことが一般的です。
がんの治療成績を示す指標の一つに、生存率があります。甲状腺がんの場合、5年相対生存率は94.1%です5)。早期のがんほど生存率は高く、ステージⅠでは100%、ステージⅡでは98.6%です。
治療終了後は、体調や再発の有無を確認するため、定期的な通院が必要です。特に、乳頭がんや濾胞がんでは10年後、20年後に再発することもあるため、長期の経過観察が必要になります。受診の間隔や検査の内容は患者さんの状態によって決めていきます。再発した場合の治療方法については、再発した場合の治療で詳しく説明しておりますので、そちらをご覧ください。
[参考文献]
- 国立がん研究センター. がん情報サービス 甲状腺がん.
(https://ganjoho.jp/public/cancer/thyroid/index.html) - 国立がん研究センター. がん情報サービス がん種別統計情報 甲状腺.
(https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/cancer/24_thyroid.html#anchor1) - 日本頭頸部癌学会. 頭頸部癌診療ガイドライン 2022年版. 金原出版, 2022. p.80-84.
- 日本頭頸部外科学会. 甲状腺がん.
(https://www.jshns.org/modules/citizens/index.php?content_id=11) - 全国がんセンター協議会. 全がん協加盟施設の生存率共同調査(2022年11月集計).
(https://kapweb.ncc.go.jp)